前編:ピークと終わりに注目する
うまくいっている小売事業者には、ひとつ共通点があります。顧客体験が良いことです。主戦場がネット通販か実店舗か、その両方かは関係ありません。では、顧客はどうやってその店への評価をかたちづくるのでしょうか。当然ながら、自分が受けた体験に基づいています。きちんと応対できていれば、顧客は離れません。好きになってもらえれば、まわりに薦めてくれる存在になります。
ただし、愛着も推薦も保証されたものではありません。ブランドが掲げた約束を一貫して守り続けることなしには生まれません。つまり、信頼は獲得して、そのうえで維持しなければならないものです。
自社の出来はどうか。顧客に聞けばいい
何が顧客の心に引っかかっているのかを知るには、顧客に聞く必要があります。ただし、いつ・どこで・何を・どう聞くかによって答えは変わります。本稿と後編でその全部を扱いますが、その前に押さえておきたいことがあります。人が体験やブランドについての評価をつくるとき、頭のなかで何が起きているのか、です。
評価は感情からつくられる
作家マヤ・アンジェロウの有名な言葉があります。人は言われたことやされたことではなく、どう感じさせられたかを覚えている、という趣旨の指摘です。評価は感情からつくられます。ブランドと接したときにどう感じたかが、その体験の価値づけを大きく左右します。
もうひとつ考えに入れておきたいのが、評価と記憶が「ピーク・エンドの法則」に従ってつくられる点です。これは、体験の全体ではなく、最も感情が強く動いた瞬間(ピーク)と、体験の終わり方によって、その体験が評価され記憶される、という認知のゆがみです。行動経済学の主要な要素のひとつでもあります。行動経済学は、人の意思決定が純粋に合理的とは言えない理由で動くことを説明する枠組みです。
この知識は、顧客満足を動かすために何を聞き、どう手を打つかを決める助けになります。
付け加えておくと、ピークの体験が悪いものだったとしても、終わりの体験を良いものにすれば顧客の評価をプラスに動かせます。サービス業や小売でよく使われている手です。業種ごとの例を見てみましょう。
- 飲食店は、伝票を持ってくるタイミングで何かを無料で出すことがあります。たいていは甘いものか、ちょっとしたサプライズの一皿です。ニンニク料理の専門店が、会計時にハーブのショットを無料で出していた例があります。おいしい驚きであると同時に、ニンニクのにおいを消す役割も果たしていました。
- スーパーなど小売では、退店時やネット購入後に割引クーポンを渡すことがよくあります。主な狙いは再来店ですが、同時にその場で良い感情を残す効果もあります。
- 自動車整備では、納車前に洗車して返す店が多くあります。終わりの体験が気持ちのよいものになります。
- 大手のスーパーでは、終わりの体験を自動化しているところもあります。たとえばレジで会員カードを読み取ったとき、常連客にその場で割引を適用する。退店するときの気分を良くする、うまいやり方です。
- さらに、現場のスタッフは接客のしかたを通じて、ピークと終わりの両方に大きく寄与できます。笑顔ひとつ、ひと言の気配りだけでも、体験が良い方へ大きく変わります。
顧客体験と価格、重いのはどちらか
いま挙げた例のうちいくつかは、価格や割引の話でした。「顧客体験は価格より重要になってきている」という声をよく聞きます。ただ実際には、価格設定、支払い方法、割引の使い方は、どれも体験を構成する一部です。
要点はこうです。価格の付け方も含めた良い体験を提供することが、顧客の再来店につながり、愛着を育てます。愛着のある顧客は、競合に流れるよりも、その店で少し多めに使ってくれる可能性が高くなります。
顧客の道のりは枝分かれし、しかも循環している
いま企業は、ネット上と対面の両方で、見え方と応対のしかたを評価されています。顧客の道のりは、商品が売れた時点でも、届いた時点でも、使われた時点でも終わりません。リサイクルされた時点でも終わらない。実際のところ、顧客の道のりは循環です。途切れなく続く接点の連なりでできています。
加えて、人が直接または間接に事業と関わるデジタルの場が増えたぶん、顧客の道のりは多面的になりました。
全体を見渡すと、手に負えないように思えるかもしれません。どこで、いつ、顧客に気持ちを聞けばよいのか。何を聞けばよいのか。この複雑な地形を進むには、良い方位磁石が必要です。そしてその方位磁石は、顧客自身の声というかたちで手に入ります。
ピーク・エンドの法則は、顧客にとって本当に重要な瞬間と要素を見分ける助けになります。あわせて、顧客の道のりをいくつかの「場面」に区切ってみるのも有効です。区切ったうえで、各場面にピーク・エンドの法則を当ててみる。そして場面ごとに満足度を測れるようになれば、どこをどう改善できるかを見つけやすい位置に立てます。
後編へ
続きは後編「ピークと終わりを、どこで・いつ・どう測るか」でお読みいただけます。測るタイミング、場所、聞き方、質問の設計を扱います。
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